ZISO TALK #1 「フットボールは必要か」

Jリーガーが中心となり、自分たちにとってのフットボールを追求するオンラインコミュニティ「Ziso」

Zisoについては詳しく説明しませんが、気になる方は下記リンクをご覧下さい。

https://note.com/izz_izm/n/n9d5f92d9d74b (井筒 陸也 選手 note.)

https://note.com/zisofc/n/n143a2512a093 (Ziso note. 山田 大記 選手)

現在、YouTubeで様々なテーマでフットボールに関するディスカッションが配信されています。
このチャンネル、本当に面白いし、考えさせられるので、興味のある方は是非ご覧下さい。
ちなみに、今公開されているものは期間限定公開とのこと。

せっかくインプットの機会、そして考える機会を与えてもらったので、これまでのZISO TALKの中から、いくつかのテーマについてディスカッションの内容をまとめた上で僕なりの考えも発信していこうと思います。

まずは第一回のZISO TALK
フットボールは必要か」について

社会的には不要不急

アスリートは自分たちが人生を賭けてやってきたものはそんなもんなんだということを理解し、スポーツの価値、フットボールの価値に対する考えを改めていく必要がある。

社会にとって不可欠でないもの、有事には不要不急と呼ばれるようなものに人生を賭けているということを、アスリート同様に我々のようなフットボールに関わる仕事をする者も自覚しておく必要があると思います。

今回のコロナ渦における弊社施設の来場者数を見ても、健康や安全が保証されない状況下で我々の仕事は多くの場合「不要」とされます。
会社の存続や、今後の生活に対する不安もありましたが、それ以上に自分の無力さであったり、必要とされていない感覚を毎日突き付けられ、苦しい日々を過ごしました。

しかし、緊急事態宣言が解除され、徐々に元の生活が戻ってくると、今まで以上に多くの方が施設に足を運んで下さり、5月後半はここ数年で一番と言っていいほどたくさんの方にお越しいただきました。
子どもたちのサッカースクールに関しても、休会こそあったものの、退会は少なく、段階的に子どもたちが戻ってきてくれています。

多くの方がフットボールを「必要」とし、待ち望んで下さっていたことを感じ、フットボール、そして自分たちがやってきた仕事は平時においては社会に対して一定の価値を与えられていたことを実感できました。

今回のことで、社会におけるフットボールの位置付け、自分たちの仕事がお客様にとってどういう存在なのかというサイズ感がようやくおぼろげに見えてきた気がしています。

フットボールとは

ピッチに立たないとフットボールできないのか?
本来、試合以外にも価値があるはずなのではないだろうか?

サッカークラブは地域の人々や企業を繋ぐプラットフォームであるべきで、有事に地域の助けになれていない現状はプラットフォームとして機能できていない(本当の意味で地域に根差せていない)ということ。

フットボールで得た影響力をピッチ以外で使うことも「フットボールをすること」のひとつなのではないかと個人的には感じます。
アスリートが普段から価値、影響力を高め、クラブが地域との繋がりを強め、人・店・企業が交わる地域コミュニティとして機能すること。
これらを活用し、アスリートやクラブが地域に支えられるだけでなく、逆に地域を支える存在として認められるようになれば、有事においても「フットボールは必要だ」と誰もが胸を張って言えるようになるのではないでしょうか。

何故フットボールなのか

多くの選手が自分にとってフットボールとは何なのかを理解していない。
何故、フットボールなのか、他の道ではいけないのか、何も選択することなく、ただ続けている。

僕自身も子どもの頃から大好きなスポーツで、他のスポーツや遊びを見ようともせずにフットボールを続けてきました。
プロになることを諦め、「フットボールに関わる仕事に就く」という第二の夢を掲げたことも17歳の自分としては大きな決断だったし、その決断をさせたのはフットボールが好きだという想いであったことに偽りはありませんが、当時既に10年以上フットボールに時間を注いでいて、他に興味のある分野もなければ、学力や運動能力が優れていたわけでもなく、「それしかなかった」という側面も否定できません。

実際、今お客様やヴェルデラッソの選手たちと関わる中で「自分はこの人たちほど好きじゃないかも」と感じることがあります。
幼い頃から続けてきて、それを職業にしてしまうほど人生を賭けてきたはずなのに。(もちろん嫌いなわけじゃないし、今でもすごく楽しいから辞めていないのですが。)
そう感じるのは、その人たちが仕事、勉強、遊び、他のスポーツなど、様々なことをやってきた中で、今フットボールを自ら「選んで」やっているからなのかもしれません。

ただ、一方で「何故フットボールなのか」については長く続けてきた中で、大人になるにつれて答えらしきものが見えてきた印象。
ただプレーすることが楽しかった時代を経て、徐々にフットボールを通して自分が何を獲得してきたのかがわかってきました。

それは人との繋がり。

元来人見知りの自分が全国各地にこれだけ多くの仲間・友人に恵まれているのは間違いなくフットボールがあったから。
一緒にプレーした人はもちろん、フットボールという共通言語があったから話せたような人もいます。
約30年も続けてきたのはフットボールが持つ「人と人を繋ぐ力」から多くの恩恵を受けてきたからであり、この価値をより多くの方に届けることが今の仕事を続けている理由です。

自分たちがやっていることの価値、誰かに届けたいフットボールの価値。
そんなことをいちいち考えながらプレーするわけではないですが、こういうことに思考を巡らせること、向き合い、追及する時間は自分にとって必要なものだと感じました。

また違うテーマについてもアウトプットできればと思います。